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自分が死んだあとも、生き続ける作品。
自分がつくったものが、
自分が死んだあとも生き続ける。
そんな仕事が、世の中にどれくらいあるでしょうか。
建築。
絵画。
陶芸。
音楽。
人が生み出した作品の中には、作者がこの世を去ったあとも残り続けるものがあります。
盆栽も、その一つです。
ただ、他の作品とは少し違います。
盆栽は、
作者がいなくなったあとも「生きている」のです。
作品なのに、完成しない
一本の盆栽を見て、
「これは何年くらいかけて作ったのですか?」
と聞かれることがあります。
10年。
30年。
50年。
中には100年を超えるものもあります。
でも、不思議なことに、
「100年かければ完成する」
というものではありません。
むしろ盆栽には、
完成という瞬間がありません。
枝は伸びる。
葉は増える。
幹は太くなる。
季節が巡れば姿を変え、
時には枝が枯れることもある。
人間が「これで完成だ」と思ったところで、
木は勝手にその先へ進んでいきます。
考えてみれば、不思議な芸術です。
自分より長く生きるものをつくる
普通、私たちは自分の人生を基準に物事を考えます。
今年どうするか。
5年後どうするか。
10年後どうするか。
長くても、自分が生きている間の話です。
でも盆栽を育てていると、
その感覚が少し変わります。
なぜなら、
自分より長く生きる可能性のあるものを、自分の手で触っているからです。
自分が切った枝。
自分が選んだ角度。
自分が残した幹。
その判断が、何十年も先の樹形に影響することがあります。
でも、その姿を自分自身が見ることができるとは限りません。
それでも手を入れる。
次の誰かが続きをつくることを前提に。
盆栽は「自分の作品」なのか
ここで、一つ疑問が生まれます。
一本の盆栽を50年間育てた人がいる。
その盆栽を次の人が受け継ぎ、さらに30年間育てた。
そして、その次の人が20年間育てた。
100年後。
その盆栽は、一体誰の作品なのでしょうか。
最初につくった人なのか。
次に育てた人なのか。
最後に手を入れた人なのか。
おそらく、
誰か一人の作品ではありません。
盆栽には、いろいろな人の時間が積み重なっています。
誰かが枝をつくり、
誰かが守り、
誰かが傷んだ部分を治し、
そしてまた次の人へ渡していく。
だから盆栽を見るということは、
一本の木を見ることではなく、
そこに積み重なった「時間」を見ることなのかもしれません。
「つくる」より、「残す」
現代は、何かを生み出すことが求められる時代です。
新しい商品。
新しいサービス。
新しい技術。
新しいコンテンツ。
次から次へと新しいものが生まれ、
そして、驚くほどの速さで古くなっていきます。
だからこそ、ときどき思います。
「何をつくるか」だけではなく、「何を残すか」を考えてもいいのではないか。
盆栽の世界では、
今日の仕事が今日評価されるとは限りません。
一本の枝を切った意味が、
10年後に初めて分かることもあります。
今の自分にとって一番美しくするのではなく、
この木がこの先も生きていくために、
あえて今、美しい枝を切ることさえあります。
自分のためだけにつくるのではない。
次の時間のためにつくる。
それは、盆栽が持つとても大切な考え方だと思っています。
人間は死ぬ。木は残る。
少し大げさに聞こえるかもしれません。
でも盆栽に触れていると、
人間の人生は思っている以上に短いものだと感じます。
100年生きている木から見れば、
私たちがその木に関われる時間など、ほんの一部分です。
だから私は、
盆栽を「所有する」という言葉に、ときどき違和感があります。
本当は所有しているのではなく、
あくまで“一時代の預かり物”だと考えます
先人から預かり、
自分の時間を少しだけ重ね、
また次の誰かへ渡す。
そうやって一本の木が、
人から人へ、
時代から時代へと受け継がれていく。
何を得るかではなく、何を残すか。
仕事をしていると、
売上や利益、規模や評価など、
どうしても「何を得たか」で物事を考えてしまいます。
もちろん、それらは事業を続けるために必要です。
でも、
自分がいなくなったあと、
何が残っているのか。
そんな基準で仕事を考えることがあってもいい。
一本の木を残す。
技術を残す。
文化を残す。
そして、
それを大切にしてくれる人を残す。
私たちTHE ETORA BONSAIが盆栽を扱う理由も、そこにあります。
盆栽を「古い日本文化」として保存したいだけではありません。
今の時代の中でも必要とされ、
人の目に触れ、
人の心を動かし、
また次の時代へ渡っていく。
文化は、しまっておくだけでは残りません。
使われ、愛され、受け継がれてこそ、生き続ける。
人間には、いつか終わりがあります。
それでも、
自分たちが関わった一本の木が、
100年後もどこかで生きているかもしれない。
そう考えると、
盆栽という仕事は、
作品を「つくる」仕事だけではなく、
未来に何かを「残す」仕事なのかもしれません。
自分が死んだあとも、生き続ける作品。
それが、盆栽を通してのロマンです。
THE ETORA BONSAI
松嶋獅道
盆栽レンタル・空間演出についてのご相談は、お気軽にお問い合わせください。
Mail:the.etora.bonsai@nhn-drk.jp